小説「赤い呪縛」『赤い呪縛』 クラスメイトの相馬光子嬢が不良にからまれていた。どうするべきか考えていたら俺までからまれた。軽く腕を払っただけなのに、相手が勝手によろけて転倒。その先に、窓。そして、がしゃん。 ガラスもサッシも壁も床も相手も、駆け寄って床に膝をついた俺の制服も掌も指先も、一面の赤。 出血のワリにはずいぶんと軽いケガだったらしい。だからと言って、それで俺の気が晴れるわけじゃない。後味はかなり悪い。 何度洗っても、指先の汚れがとれない。肉と爪の間の赤黒い汚れ。あの、血。シャープペンシルの先で浚ってみる。それでも、まだそこに赤いものが溜まっていた。 フェンスにもたれかかる俺の前に相馬嬢が立っていた。 「爪、大丈夫?授業中、ずっと気にしていたでしょう?」 「まだ血が残っているような気がするんだ」 苦笑する俺の手をとり、相馬嬢はゆっくり身を屈めた。 「剥いでしえばいいのよ、爪」 唇から真珠のような歯がこぼれ、俺の爪を噛む。 「貴方の血が洗い流してくれるわ」 冗談よ。笑いながら相馬嬢は体を離し、胸ポケットから小さな瓶を取り出した。赤いマニキュア。 「これで見えないでしょ。これがあたしの呪縛。血の呪縛より強力な呪縛」 ブラシが爪の上を走る。その爪と同じ、赤い唇が笑みを浮かべる。 「あたし、まだ言ってなかったわね」 「何?」 「助けてくれてありがとう。嬉しかった」 そう言ってくるりと身をひるがえす。走り出す相馬嬢の長い髪が風に泳ぐ。 空を見上げると単調な青しかなかった。なんだか物足りなくて赤い爪を空にかざしてみる。澄みきった青と鮮やかな赤のコントラスト。キレイすぎて、眩しすぎて目を閉じる。 それでもまぶたの裏に赤い色があった。相馬嬢の唇の、赤。 気がつくと爪の間の血なんかどうでもよくて、第一もうどんな色だったかも思い出せなくなっていた。 「なるほど、大した呪縛だ」 だけど俺の心は完全に相馬嬢の色に侵食されていた。この呪縛はどうしたら解けるのだろう。 |